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愛情の危機
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その原因
愛情のあとずさり
愛情さえあればと、私たちは、言いま
す。たしかに愛情さえあれば、普通ではでき
ないことができ、乗り越えられないことも、
乗り越えられます。
苦しみを半分にし、喜びを二倍にするー
と結婚式のお祝いのことばとして、晴れ姿の、
花むご、花嫁に投げ与えられますが、まこと
にそのとおりで、夫婦の愛情は、たより、た
よられるどいう二人の何物にも替えられない
大事なものです。
しかし、苦しみを二倍にし、喜びを半分に
することが出てくることがあります。それは
夫婦に愛情がなくなったときです。一人のほ
うがどんなによいか知れない、一人になって
サバサバしたいーと、言う人がいます。失
われた愛情ほど重荷はなく、この重さにより
すがって泣いているより、失われたものは捨
て去って、軽々と一人にもどったほうがよい
ともいえます。
しかし、そうやすやすと、捨て去ることが
できないのが、愛情というものでしょう。大
事な大事なものであっただけに、捨て去りが
たく、捨てた後の軽さに堪え切れないのが常
です。
たとえ、割り切り方の早い、若い人たちで
も、いざとなると、なんとかもちつづけよう
とする気持は同じでしょう。
ところで、その大事な愛情は、決して扁つ
ところに足ぶみしていないのです。死ぬまで
と誓った仲だ、何年越しに思いつづけて、お
百度をふんだのだといっても、そんなことと
は関係なく愛情は歩きまわります。
前へぐんぐん歩くこともあれば、うしろに
どしどしさがってゆくこともあります。そし
噛て、うしろにどしどしさがっていって、振出
しよりもっとうしろにさがったとき、その失
われた愛情の重さに、押しつぶされそうにな
るのです。そうなったとき、喜びは半分にな
り、苦しみが二倍になるのです。
けれども、こうなるまでに、つまり愛情が
あとずさりを始めたとき、テコ入れをしてそ
れを止める方法がないでしょうか。
このあとずさりをしているときが、愛情の
危機です。愛情というすばらしいものの上に
すわった安心感に、落ち着きすぎて、この危
機をうっかり気づかないでーいる場合が、しば
しばあります。
気づいたときは、もう振出しよりうしろに
もどっていたというようなことだってあるの
」です。
愛情は、
忍び足で、
ひっそり行
きつもどり
つするもの
だから、あ
る意味で安
心しきって
はいけない
のです。
その意味から、絶えず愛情の健康診断をしている必要
があります。今どの辺にいるか、前に歩いて
いるのか、あとずさりをしているのか。これ
を見守ることです。同時に、あとずさりして
振出しに近づきつつ訪ったら、ハッパをかけ
て、どう前に歩かせるかの対策を講じなけれ
ばならないのです。
それにしても、どんなとき、あとずさりを
するか、何があとずさりなのかをさぐってみ
ましょう。
以前は親切だったのに、そうでもなくなっ
たとか、学歴があるのにいっこう役に立たな
いなど。つまり、あてはずれによって不満が
現われてくることがしばしばあります。
その不満が、愛情をあとずさりさせます。
つまり愛情の危機の黄色の信号です。この信
号は、歩きだす心構え老するためのも、のだか
ら、期間は、少し長くてもだいじょうふ。
しかし、あまり長い間、ほったらかしにし
ておくのはよくありません。それは、不満の
ままじっとしていることだからです。その静
けさは、あらしの前の静けさに通じます。
閉じ込められた愛情
こんな例があります。三年越しの恋愛で、
その意志の強さと二人の純潔な気持に動かさ
れて、結婚が認められた二人が、やっとのこ
とで結婚できました。
その二人は、しあわせな生活にますます努
力してゆきましたが、生活が落ち着き、経済
的にも恵まれ、豊かな暮らしがつづくと、な
んとなく張りがなくなってきました。
奥さんは、これではいけないと思い、何か
仕事をもとうとしました。しかし夫は、暮ら
しに困るわけではなし、何も外に出てかせぐ
ことはをいといい、またそれでは奉仕的な仕
事をしたいといえば、夫をそっちのけにする
からやってほしくないというのです。
奥さんとしては、この夫の考え方に同調で
きませ痘でしたが、やρばり夫唱婦随のほう
が波風が立たないと思って、じっとしていま
した。その間じっとしていたので波乱が起き
ず、おだやかでした。しかし、そのおだやか
さは閉ざされたおだやかさ、窓をしめっきり
で、風の入ってこない静かさだったのです。
そのしめ切った窓を開かねばならないとき
がきました。子どもが学校に行き、PTAの
世話役の番がまわってきたのです。ちようど
学校の何十周年かの記念行事が行なわれると、
いうので、いろいろの仕事を頼まれ、走砂ま
わりまし左。計画がどんどん成功し、うまく
運んでゆくと、興味が湧いて自分自牙の生活
に大きい自信をもつようになりました。そし
、て次から次と、他の仕事にも名を連らねるよ
うになり、夫唱婦随のおきてはどこへやらで
す。長すぎた黄色の信号は、彼女によって赤
に変えられました。
夫との退屈な生活はいやだと、はっきり言
いだし、夫は夫で、わがままだと非難をしま
す。この赤信号のもとは、愛情を勝ち得たあ、
との安心さではないでしょうか。一度勝ちと
った愛情は、動かないと思いすぎをしてはい
なかったでしょうか。やはり愛情は、水をや
ったり、日にあてたり、大事に育ててゆくも
のだと思います。
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