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愛情の危機
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倦怠期
さて、勝ち得た愛情の上にあぐらをかいて
いると、いろいろの不満や、もの足りなさが
起こってくるのは当然です。毎日洋食ばかり
食べていると、どんなに好きでも、お茶づけ
がほしくなるし、すばらしい山荘で一夏を過
ごせば、銀座に出て見たくなる気持。よろめ
きとか、うわきは、ちょうどこんな気持なの
でしょう。
-よろめきにしても、らわきにしても、ある
ときは気分転換、あるときは火遊びという程
度から入るのです。この程度のとき、さらっ
と暫報を発し、病気の兆候として、うまく処
理すれば、笑い話で終わるでしょうが、これ
をほうっておくと、泣いても泣き切れない事
態に入ってゆくかも知れません。
こんな奥さんがいました。夫を大事にする
ので評判です。夫が一日何をしていたか、寸
分違わず知っていないと承知できません。は
じめは庶務の下役をしていたため、時間に出
かけ、時間に帰るので、文句はなかったので
すが、人がらもよく、やり手だったので、秘
書にまわされました。そして接待役を一手に
引き受け、動きまわるようになったのです。
だが、その出世と同時に、もともと好きな
酒とも親しみ、夜もおそくなるのが常となり
ました。
奥さんは、てっきり倦怠期が夫にきたのだ
と信じ込んだのです。自分に飽きて、ほかに
好きな人がいるのだと、早のみこみしてしま
いました。
あるとき、夫は、いつものよヶに、夕食は
いらない、社長のお供で一泊することになる
と言って家を出ました。
次の日の夜になって電夫が帰らないので、
会社に電話をかけ、きのうはどこに泊り、今
夜はどこに行ったかと尋ねました。係りの人
は、きのうのことは知らないが、今夜は○○
料亭に行ったと答えました。
奥さんは、とるものもとらず、すぐ自動車
でその料亭にかけっ廿ました。料亭に着くな
り、夫のいるへやを確かめて、おどり込むよ
うに入って行ったのです。
すでに宴会は半ばを過ぎ、いい機嫌で、み
んながうちとけていたところなのに、、この奥
さんの気違いざたに全く座は白けてしまいま
した。お客さまはどんどん帰ってしまうし、
社長はお客さまに平あやまり。全くの醜態で
す。このご主人は、あとで、これだから、う
わきもしたくなるーと言いました。
もう一人、別の例をあげてみましょう。そ
の夫は、文字どおりまじめな技術家で、研究
を、夜を日に次いでやっている人です。何一
つ文句もいわず、勤務先と自宅を直線コース
で往復しています。
こんな夫をもつ妻が、結婚十二年目に、中
学に行っている子どもの臨海学校について行
きました。幹事役として子どもの世話をする
ためでした。そこでとて竜解放的な気持にな
り、その夏に、もう一度h子どもだけを連れ
て山に行き、山荘で一夏を過ごしました。
、
そこで知り合った、男の人と親しくなり、
子どもの相手になってもらいました。山に登
ったり、植物を採集したりハ隣り村の果樹園
に行ったり、いつもいっしょに行動しました。
夫より年は下でしたが、夫とは全く反対に
よくしゃべり、よく食べ、よく動きます。こ
の奥さんは、その人に大変な熱を入れてしま
ったのです。山荘に引きあげてからも、その
熱はさめないで、いったいどうなるのかと、
みんなに不安がられています。
さて、三年目のうわきだとか、七年目のう
わき、あるいは十三年目のうわきなどといい
ます。別に、三年目、五年目がどうといケこ
とはないのですが、倦怠期が、このころから
起こることは事実のようです。
家庭裁判所での離婚争いを見ても、早いの
は三年ぐらい、おそいのは二十年なんていう
のもありますが、最も多いのは、五、六年ま
たは、十一、二年というところです。
私たちは、安定した、変わりない生活をし
たいと願うと同時に、変化を望む竜のです。
このごろの若い人は、スリルを求めるので、
落ち着きすぎた暮らしは食いたりないのでし
よう。
ところで、私は倦怠期なんて経験したこと
がないという人を幾人も知っています。その
一組は夫婦とも医者です。夫は大学病院の医
局に勤め、妻は家で開業しています。二人と
も忙しぐ、月火水木金は、奥さんが午前牢宅
診、午後往診。土日と夜は、ご主人が診察と
なっています。二人がそろって食事を始めか
ら終りまでしたことはないほどなので、朝だ
けはいっしょに食事をして、昨日の出来事、
今日の予定などを話し合うため、七時半から
九時までは、絶対に患者を見ない家憲を作り
ました。しかし、なかなか守られないとか。
この医院は、今では大きくなって、病院を
建て、息子も娘も大学生ですが、倦怠どころ
か、二人でいっしょにいるときは、いつでも
楽しそうです。
もう一組の夫婦、これは魚屋さんです。奥
きんは店で魚を売る。ご主人は、魚河岸行き
と配達で手いっぱい。小さい魚屋さんでした
が、よく売れるので、店もだんだんきれいに
なり、いつ竜新しい魚がピチピチしている、
気持のよい店です。
倦怠期なんて知らないという二人は、お互
いに、とうちゃんかあちゃんと呼び合
っていっしょうけんめいで、その張り切った
生活態度が魚までピチピチ見せるのです。
よく、人は、倦怠期は必ずある竜の、来る
ものと言います。そうきめています。だが倦13
怠期なんて知らないという人がいるのです。
たしかに倦怠期のない夫婦もあるのです。そ
して、張り切り夫婦には、倦怠期がないとい
えるのではないでしょうか。倦怠する透きや
暇がないのです。
このことを、別のことばでいいましょう。
お互いに自分を伸ばしつつある生活、伸ばす
ことに喜びを感ずる生活、あるものに浸頭し
ていると、そこに生き生きとした美しさが出
てきます。その美しさは人を引きつけずには
おきません。その美しさ、魅力は化粧や衣装
ではないのです。精神の成長だと思います。
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